東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1732号 判決 1980年3月26日
控訴人(附帯被控訴人) 学校法人上野学園
被控訴人(附帯控訴人) 武田勉
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴部分を次のとおり変更する。
控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、原審認容額以外に金七六万八、五七八円及び別表第一の当審追加認容額欄記載の金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。
三 被控訴人(附帯控訴人)が当審で追加した新訴請求に基づき、控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、更に金八七〇万九、九五九円及び別表第二の認容額欄記載の金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人(附帯控訴人)のその余の新訴請求を棄却する。
四 訴訟費用中、前項の請求に関する部分はこれを一〇分し、その三を被控訴人(附帯控訴人)の負担、その七を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余の部分は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
五 この判決中被控訴人(附帯控訴人)への金員の支払を控訴人(附帯被控訴人)に命じた部分は、仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、控訴につき「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決、被控訴人の当審における新たな請求につき請求棄却の判決を求め、被控訴代理人は、控訴につき控訴棄却の判決、附帯控訴として、原審の審理判断を経た昭和四七年四月一日から昭和四九年四月二五日までの賃金の支払を求める請求につき「原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴の部分を取り消す。控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、原審認容額以外に金九一万二、四八一円及び別表第一の当審追加請求額欄記載の金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。」との判決、当審における新たな請求(原審の審理判断を経ない昭和四九年四月二六日から昭和五三年三月三一日までの賃金の支払を求める請求)として、「控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、更に金一、二二五万二、四〇九円及び別表第二の請求額欄記載の金額にする同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。
(被控訴代理人の陳述)
一 請求拡張部分(新訴請求にかかる分も含む。)の請求原因
1 昭和四七年四月一日から昭和五三年三月三一日までの間に被控訴人が控訴人から支払を受けるべき給与の月額及びその内訳並びに夏期手当、冬期手当、法人調整手当及び年度末手当の額は、別表第三記載のとおりであり、これらの賃金の支給日は、原審において主張したとおりである。
2 不当解雇を受けた労働者に対する賃金の遡及支払については、右労働者は、使用者の個別的な昇給の意思表示をまつまでもなく、右解雇がなかつたならば当然に昇給したであろう時期に昇給したものとして取扱うべきものである。控訴人学園においては、給与規定により、定期昇給は一年に一回一級俸づつ昇給する旨全く客観的にその基準が定められており、使用者の裁量の余地はほとんどなかつた。
また、控訴人学園においては、ベースアツプがあつた場合の増俸、賞与・年度末手当等の支給率等についても、昭和四五年度以降は労働組合との賃金協定に基づき、部長の職にある者を除き、その余の全職員に対し一律に適用されてきた。
したがつて、控訴人による昇給の意思表示及び賞与・手当等の支給額の決定がなくても、被控訴人は、当然に毎年一回一級俸上位の級俸に昇給し、かつ、右給料額に一定の支給率を乗じた賞与、手当等の支給請求権を取得したものというべきである。
なお、法人調整手当は、毎年五月一日現在の在籍者に対し東京都から交付される助成金について、その交付申請もれがあつたため交付を受けることができなかつた職員に対し、控訴人が東京都の助成と同一の基準により支給するものであつて、控訴人主張のような助成金の分配そのものではない。
3 被控訴人は、原審において、昭和四七年四月一日から原審口頭弁論終結日である昭和四九年四月二五日までの賃金の支払を請求し、右請求(以下「従来の請求」という。)につき金二六七万九、一九七円の限度で請求認容の判決を受けた。しかし、被控訴人が控訴人から支払を受けるべき昭和四七年四月一日から昭和四九年四月二五日までの賃金の総額は、別表第一の請求賃金額欄の合計欄に示すとおり三五九万一、六七八円であるから、これと原審認容額との差額は九一万二、四八一円となる。
よつて被控訴人は控訴人に対し、従来の請求につきこれを拡張し、原審認容額以外に前記金九一万二、四八一円の差額及びそのうち別表第一の当審追加請求額欄記載の金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の追加支払を求める。
4 被控訴人が控訴人から支払を受けるべき原審口頭弁論終結の日の翌日である昭和四九年四月二六日から昭和五三年三月三一日までの賃金の総額は、別表第二の請求額欄の合計欄に示すとおり一、二二五万二、四〇九円を下らない。
被控訴人は控訴人に対し、当審における新たな請求として、右期間の賃金一、二二五万二、四〇九円及びそのうち別表第二の請求額欄記載の金額に対する同表の遅延損害金起算日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 控訴人の抗弁に対する答弁
1 控訴人主張二・1の事実中、控訴人学園において昭和四六年度に会計事務処理の新会計基準への移行の遅延並びにそれに基づく決算の遅延という事態が生じたことは認めるが、これらが被控訴人の職務怠慢に起因することは否認し、その余の事実はすべて争う。
2 被控訴人の請求している賃金債権は、被控訴人と控訴人との間の雇用契約に基づくもので、それ自体一個の債権であり、控訴人の援用する消滅時効は昭和四七年一〇月二七日の本訴の提起時に中断されている。
3 控訴人主張二・3の事実中、被控訴人が昭和五一年一月以降訴外キヤセイ販売株式会社に勤務し、昭和五一年一月から昭和五二年一二月まで毎月一六万二、〇〇〇円、昭和五三年一月からは毎月一八万二、〇〇〇円の給与収入を得ていることは認めるが、その余は否認する。
不当解雇期間中に労働者の得たいわゆる中間収入を使用者が遡及賃金の支払から控除することは許されない。その理由は次のとおりである。
(一) 解雇期間中労働者がその労働力をいかに利用するかは当該労働者の自由であり、いわゆる中間収入は、右期間中労働者が生活を維持するためやむなく暫定的に他と労働契約を締結して得た賃金であつて、不当解雇により労働契約上の債務の履行を免れたことと相当因果関係がなく、労働者が使用者に償還すべき利益に当たらない。
(二) 中間収入を遡及賃金額から控除することを認めるときは、使用者の関知しないところの中間収入の取得という偶然の事情によつて不当に使用者を利することとなる反面、不当に労働者の利益を害し、著しく不合理な結果を招来する。これに対し、控除を認めないとすることは、これによつてなんらの不都合も生じないばかりか、正義の要請にも合致する。
(三) 仮に労働者に中間収入の償還義務があるとしても、これを使用者が労働者に支払うべき賃金から控除することは、賃金の全額支払を認めた労働基準法二四条一項本文に違反し、許されないところである。
(四) 労働基準法二六条は、労働者保護のために設けられた規定であり、その「使用者の責に帰すべき事由」とは、民法五三六条二項の「債権者の責に帰すべき事由」より広く、経営者として不可抗力を主張し得ない一切の場合を含み、右の場合に労働者に支払われるべき休業手当を定めるものである。右の労働基準法二六条の規定をもつて中間収入控除の根拠とするのは相当でない。
したがつて、控訴人の抗弁二・3は失当である。
(控訴代理人の陳述)
一 請求拡張分(新訴を含む)の請求原因に対する認否
1 被控訴人主張一・1の賃金額は争う。
2 同一・2の主張は争う。
(一) 被控訴人は昭和四七年度以降毎年一級俸昇給したことを前提として賃金額を主張しているが、昇給については使用者の個別的な意思表示のないかぎり個々の労働者が昇給額の支払を当然に請求することはできない。
(二) もつとも、控訴人学園において給与規定に昇給は原則として毎年一回一級俸づつ行う旨定められていることは認めるが、定期昇給額は、昭和四七年度及び四八年度は二、〇〇〇円、昭和四九年度三、〇〇〇円、昭和五〇年度四、二〇〇円、昭和五一年度五、〇〇〇円、昭和五二年度六、〇〇〇円である。なお、ベースアツプがあつた場合において、中間管理職以上の職員に対しては無条件に新俸給表が適用されるものでなく、ベースアツプによる給料の増額はその都度勤務成績を考課査定の上定められるべきものであるから、仮に昇給分について被控訴人に差額請求権が生じたとしても、それは一級俸づつの定期昇給分の差額に限られ、ベースアツプによる増額分は含まれない。
(三) 各年度の賞与も、中間管理職に対しては一律に支給されるわけでなく、勤務成績等を査定して支給されるものであるから、使用者の個別的な意思表示のないかぎり賞与の支払請求権は発生しない。
(四) 法人調整手当は毎年五月一日現在の在籍者に対する助成金の配分であるから、昭和四七年度以降の在籍人員に含まれていない被控訴人に対する助成金の配分額は皆無である。
3 同一・3については、第一段の事実は認めるが、その余の主張は争う。
4 同一・4の主張は争う。
二 抗弁
1 解雇事由の補足
控訴人ら学校法人においては、昭和四六年度から、私立学校法(昭和五〇年法律第六一号による改正前のもの)五九条八項の規定により、大部大臣の定める基準に従つて会計処理を行い、計算書類を作成しなければならないこととなり、右文部大臣の定める基準として、昭和四六年四月一日学校法人会計基準(文部省令第一八号)が公布され、即日施行された。しかるに控訴人の法人本部の会計処理は、昭和四六年九月末まで右基準による新しい方式への切替が全くなされず、そのため昭和四七年三月の会計年度終了後になすべき新会計基準による決算が大幅に遅延するに至つた。これは、財務部主任である被控訴人の職務怠慢に基づくものであつて、被控訴人の中間管理職としての不適格性を示す一例証である。
右の事実及び原審において指摘した被控訴人の不都合な行為は、個々的に見れば解雇の根拠としては不十分であつても、全体として総合関連して見ると、学園の事務職員、殊に中間管理職として、極めて職務に不忠実で全く投げやりでやる気がなく、かえつて職場を毒する被控訴人の勤務振りをうかがわせるのに十分といわざるを得ない。
被控訴人は、数少ない事務系中間管理職の中で総務、財務両部の主任(課長待遇)という最も重要な中心的地位にあり、多くの部下を持ち、外部に接する機会も多く、両部の事務を掌握すべき立場にあつた。かかる立場にある被控訴人の行為が、不都合であり、投げやりであり、いい加減なものであることは、事務局全体の志気と機能にも重大な影響を与え、かつ、対外的にも学園の信用と名誉を損うものであつた。
以上を要するに、控訴人が原審以来指摘した数々の被控訴人の不都合な行為は、被控訴人の職務不適格性を証明して余りあるものというべきであり、被控訴人の職務上の怠慢、義務違反を理由とする本件解雇は有効である。
2 賃金請求権の時効消滅
被控訴人が当審で従来の請求につき附帯控訴によりこれを拡張した部分は、昇給による賃金の増加分であつて、原審で訴訟物となつた賃金債権とは、その発生原因が異なるので、右拡張部分の賃金債権のうち請求拡張時に支払期日から既に二年を経過していたものは、労働基準法一一五条により時効によつて消滅している。また、被控訴人が当審で提起した新訴請求にかかる賃金債権のうち新訴の提起時から二年以上前に支払期日が到来していた部分も、前同様時効によつて消滅している。よつて控訴人は当審において時効を援用する。
3 中間収入の控除
被控訴人は、昭和五一年一月から現在まで東京都中央区所在の訴外キヤセイ販売株式会社に勤務し、昭和五一年中は毎月一六万二、〇〇〇円ずつ、昭和五二年一月からは毎月一八万二、〇〇〇円ずつの給与収入を得ている。したがつて、仮に本件解雇が無効であつて、被控訴人に対しいわゆるバツクペイが支払われるべきであるとしても、被控訴人が右訴外会社から支払を受けた賃金は、民法五三六条二項により控訴人に償還すべき中間収入に該当するので、右賃金相当額は被控訴人の本訴請求にかかる遡及賃金額から控除されなければならない。
(証拠関係)<省略>
理由
一 控訴人が被控訴人主張の場所にその主張の学校を設置する学校法人であること、被控訴人が、昭和四二年四月一日控訴人に事務職員として雇用され、大学事務員として当時の大学事務局教務課に所属し、昭和四三年一月から経理部勤務となり、昭和四六年一月一日付けで実施された事務組織の変更に伴つて財務部主任(課長待遇)及び総務部主任(課長待遇)の併任を命ぜられ、財務、総務両部長の命を受けてそれぞれの事務を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつたこと、控訴人が昭和四七年三月三〇日に総務部長清水治二を通じて被控訴人に対し、口頭で普通解雇する旨の意思表示をしたこと、控訴人の就業規則一四条には、「勤務成績または能率不良で職務に適しないと認めるとき」(同条二号)及び「その他やむを得ない事由があると認めるとき」(同条四号)が普通解雇事由として掲げられていること、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 右解雇の効力については、当裁判所も原審と同様、これを無効であると判断するものであつて、その理由は、次に付加、訂正するほか原判決理由説示三及び四(原判決二五枚目裏九行目から同三八枚目表一一行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。当審における証拠調の結果を考慮にいれても右認定・判断を覆えすに足りない。
1 原判決二九枚目裏一〇行目の「振込み通知書の処理遅滞について」を「財務部主任としての職務怠慢について」に改め、同三〇枚目表一行目の「行なつていたことは、」を「行つていたこと、また、控訴人学園において昭和四六年度に会計事務処理の新会計基準への移行の遅延並びにそれに基因する決算の遅延という事態が生じたことは、いずれも」に改め、同枚目表三行目から六行目までを次のとおり改める。
「成立に争いのない乙第二五号証の一、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる乙第二三号証、原審証人清水治二、同田村邦之助、当審証人宮古忠啓の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果の一部を総合すると、被控訴人は昭和四六年秋から昭和四七年初頭にかけて学生の授業料の振込み通知書の処理を遅滞し、卒業認定事務に支障が生ずるのではないかと憂慮されるような事態を招いたこと、右に関連して、被控訴人が事務を担当していた銀行預金残高の照合が不十分であつたため、帳簿と銀行預金との間に昭和四六年度決算の段階において終局的には一一件、金額にして三〇万余円の残高不一致のあることが発見されたこと、昭和五〇年法律第六一号附則三条による改正前の私立学校法五九条八項の規定する学校法人は、昭和四六年度以降同年文部省令第一八号学校法人会計基準の定めるところに従い会計処理を行い、財務計算に関する書類を作成することが義務づけられていたが、右会計基準の骨子は、すべての取引について複式簿記の原則によつて正確な会計帳簿を作成し、財政及び経営の状況を正確に判断することができるように必要な会計事実を明確に表示することにあつたこと、ところが被控訴人は昭和四六年四月から九月までの六か月間の会計処理を従来の方式によつて処理したため、昭和四六年度決算の段階において年度当初に遡つて学校法人会計基準に従い会計事務を処理し直す必要に迫られ、決算事務が幅湊し、多大の労力を要したことが認められ、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中、右認定に添わない部分は採用しない。
しかしながら、他方において前掲各証拠によると、授業料振込み通知書の処理遅滞の件については、昭和四七年三月卒業予定の学生の分に関する限り同年二月末までにほとんど大部分の処理を完了したため、結果的には卒業認定事務に支障をきたさなかつたこと、昭和四六年四月から学校法人会計基準に従つて会計事務を処理するためには、同年三月三一日現在の基本財産を確定し、これに基づき貸借対照表を作成することが先決であつたが、右基本財産を明確化することが困難であり、当時、財務部においては簿記会計について十分な知識を有する要員が不足しており、これに通暁しているのは田村財務部長と被控訴人の両名にすぎず、また控訴人学園では職員との間にいわゆる三六協定が締結されていた形跡がないため残業を命じ得る法的根拠もなく、通常の勤務時間内では日常の会計事務以外に学校法人会計基準に従つた事務処理体制に切替える準備を整えることが困難であつたこと、田村財務部長は消極的な性格の持主で、右の現状を前提として学校法人会計基準による事務処理方式に移行することには不熱心であり、昭和四六年四月の年度当初に被控訴人を含む部下一同に対し会計事務処理方式の切替えについて必要な指示を与えなかつたのはもちろん、その後においても切替えについて部下を督励しなかつたこと、また、同年度の決算事務処理が遅れたのは、右事務の中心となるべき被控訴人が昭和四七年三月未に解雇され、後記のように同年五月以降は全く出勤しなくなつたことの影響もあること等の事情もあることがうかがわれる。
以上の事実を総合勘案すると、被控訴人は財務部主任(課長待遇)としてその職務を怠つた責任を問われる余地はあるものの、その責任の程度が特に重大であるとは認め難いものといわなければならない。」
2 原判決三七枚目裏七行目の「、5振込み通知書の処理遅滞」を削り、同枚目裏九行目の「3ギターの件」の次に「5財務部主任としての職務怠慢」を加え、同三八枚目表四行目の「極めて薄弱であつて、」から同枚目表九行目までを次のとおり改める。
「薄弱であるといわざるを得ない。就業規則一四条二号にいう「勤務成績または能率不良で職務に適しないと認めるとき」とは、それが解雇事由として定められていることを考慮にいれて解釈するときは、当該職員の勤務成績又は能率が不良であることが本人の素質、能力、性格等に基因するもので、その結果、現に就いている特定の職に限らず、被控訴人学園内において転職の可能な他の職をも含めて、これらすべての職について適格性を有しないと認められる場合を意味するものと解すべきであるが、被控訴人に責められるべき点があると認定された被控訴人の行為にしても、これをもつて中間管理職たる主任(課長待遇)としての適格性についての消極的判断要素とすることができるかどうかは別問題として、右行為自体に照らし被控訴人には一般事務職員としての適格性すらないとまで断定することは到底不可能である。
よつて、被控訴人の前認定の行為から同人に就業規則一四条二号所定の普通解雇事由があると認めることはできないし、また、右の程度の非違行為があつたからといつて、就業規則一四条四号所定の普通解雇事由である「その他やむを得ない事由があるとき」に該当するということもできない。」
三 本件解雇は右に説示したとおり無効であるから、被控訴人は依然として控訴人に対し労働契約上の権利を有するものというべきである。
そこで、以下、被控訴人の賃金請求について判断する。
1 給与月額について
控訴人学園においては、給与は、毎月一日から末日までを一か月として計算し、毎月二〇日に支給するものと定められていること、被控訴人が昭和四七年三月当時、毎月の給与として、基本給五万八、二〇〇円、職務給一万五、〇〇〇円、家族手当四、〇〇〇円、通勤手当四、一三〇円の支給を受けていたことは、当事者間に争いのないところであるが、同年四月以降被控訴人の受けるべき給与月額については争いがあるので、順次検討する。
(一) 基本給
控訴人学園においては、給与規定上、昇給は原則として毎年一回一級俸づつ行う旨定められていることは当事者間に争いがなく、当審証人清水治二の証言によつて真正に成立したと認める乙第四〇号証によると、右定期昇給の実施時期は毎年四月であることが認められる。右の給与規定は労働契約の内容をなすものであるから、別異に解すべき特段の事情のないかぎり、控訴人学園の教職員は右の昇給を受けうるものというべきであり、本件解雇後も被控訴人は毎年四月に一級俸づつ上位の級俸に昇給したものと見做すのが相当である。もつとも、右清水証言及びこれによつて真正に成立したと認める乙第四一号証、第四二号証の三、四によると、昇給した場合には、控訴人は新給与額の通知書(辞令)を最初に支給する給与の袋に入れて受給者に通知していることが認められるけれども、本件解雇後の被控訴人に対しては控訴人があえて右の措置をとらなかつたのであるから、被控訴人に右の通知書が交付されなかつたことにより右の判断が左右されるものではなく、他に右の判断を覆えすに足りる特別の事情は認められない。
しかして、成立に争いのない甲第八ないし第一二号証、当審証人市橋富男の証言、同証言によつて真正に成立したと認める甲第七号証、第二三号証、第二六号証によると、昭和四五年以降、毎年六、七月ごろ上野学園教職員組合と控訴人との間で賃金のベースアツプ等に関する協定が締結され、右協定に基づき俸給表が改定されてきたこと、事務職員の俸給表において定められている各給俸ごとの俸給額及びその年度(毎年四月一日から翌年三月末日までをいう。以下同じ)別の推移は別表第四に掲げるとおりであること、年度の途中で俸給表が改定された場合において、改定後の俸給表は、協定中で別段の定めがなされないかぎり、部長の職に在る者を除くすべての事務職員に対し年度当初の四月にさかのぼつて適用されるものであることが認められる。当審証人清水治二の証言及び前掲乙第四〇、第四一号証の記載中には、ベースアツプにかかる分は主任以上の役職者には一律に支給される建前ではない旨の部分があるが、これらの証拠によつても控訴人は主任以上の役職者に対しベースアツプ分を一般職員に準じて支給していることがうかがわれるのみならず、乙第三九号証の給与規定(訂正部分以外の部分は、成立に争いがなく、訂正部分は前掲清水証言により真正に成立したものと認められる。)によれば、俸給表は給与規定の一部をなすものであり、一般職員と主任以上の役職者とが別異の俸給表の適用を受ける仕組みにはなつていないことが明らかであるから、これらの点に照らすと、前掲清水証言及び乙第四〇、第四一号証の記載はたやすく採用することができず、他に上記認定を左右すべき証拠はない。
以上に認定した事実と前掲市橋証人の証言及びこれによつて真正に成立したと認める甲第二五号証によれば、被控訴人の基本給は、昭和四七年度は二〇級俸六万四、〇〇〇円、昭和四八年度は二一級俸八万二、二〇〇円、昭和四九年度は二二級俸一一万二、五〇〇円、昭和五〇年度は二三級俸一四万二、四〇〇円、昭和五一年度は二四級俸一七万四、七七六円(後記法人調整手当を含む)、昭和五二年度は二五級俸二〇万九、〇〇〇円(同)であることが明らかである。
(二) 職務給
前掲甲第二五号証によれば、昭和四七年度以降においても、職務給は従前と同様一万五、〇〇〇円であることが認められる。
(三) 家族手当
前掲甲第一〇ないし第一二号証、同第二五号証、乙第三九号証によれば、昭和四七年度から昭和五二年度までの控訴人の給与規定における家族手当の支給額の基準並びに被控訴人(扶養家族三人)の受けるべき家族手当の額は、次のとおりである。
(1) 昭和四七年度から昭和四九年度まで
扶養家族二人までは一人につき一、五〇〇円、三人目から一人につき一、〇〇〇円、被控訴人の受けるべき額は四、〇〇〇円(昭和四六年度と同じ。)
(2) 昭和五〇年度
第一扶養者五、〇〇〇円、その他の扶養者一人につき三、〇〇〇円、被控訴人の受けるべき額は一万一、〇〇〇円
(3) 昭和五一年度
第一扶養者七、〇〇〇円、その他の扶養者一人につき五、〇〇〇円、被控訴人の受けるべき額は一万七、〇〇〇円
(4) 昭和五二年度
第一扶養者八、五〇〇円、その他の扶養者一人につき五、五〇〇円、被控訴人の受けるべき額は一万九、五〇〇円
(四) 通勤手当
控訴人がその教職員に支給する通勤手当の額は一か月の通勤定期券代の実費相当額であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第九号証(通勤手当支給細則)によると、通勤手当の支給対象者である職員が出張、休暇、欠勤その他の事由により、月の一日から末日までの期間の全日数にわたつて通勤しない場合には、その月の通勤手当は支給しないと定められていることが明らかである。労働者が出張又は年次有給休暇により通勤しなかつた場合であつても、使用者は賃金の支払義務を免れないわけであるが、本件においては、右のような事由により通勤しなかつたときでも、一か月の全期間にわたり通勤しなかつた以上当月分の通勤手当は支給しない旨定められているのであるから、控訴人学園の教職員に支給される通勤手当は、労務の対価の性質を有するものとは認め難く、むしろ前記認定事実に照らすと実費弁償の性質を有するものと解するのが相当である。
しかして、原審証人清水治二の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は、解雇通告を受けた後も昭和四七年四月中は従来どおり出勤し、解雇の撤回を要求するかたわら職場において伝票の整理等の仕事に従事していたが、再三にわたり上司から出勤の必要はない旨告げられたため、同年五月以降は全く出勤しなくなつた事実が認められる。そうすると、被控訴人は控訴人に対し、昭和四七年四月分の通勤手当として同年三月分と同額の四、一三〇円を請求することはできるが、同年五月以降の分については、通勤手当を請求する権利はないものといわなければならない。
2 その他の諸手当について
(一) 被控訴人が本件解雇通告を受けた当時控訴人から毎月の給与以外に期末手当(その支給日は毎年三月三一日)、夏期手当(その支給日は毎年七月三一日)、冬期手当及び法人調整手当(その支給日は両者とも毎年一二月三一日)の支給を受けていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一三ないし第二一号証、同第二四号証、前掲甲第二五号証、当審証人市橋富男の証言及びこれによつて真正に成立したと認める甲第二二号証によれば、控訴人学園の一般事務職員に対する昭和四七年度から昭和五二年度までの各年度における前記諸手当の支給基準及び右支給基準を被控訴人に適用したとすれば被控訴人が支給を受け得たであろうと考えられる右諸手当の額は、別表第五記載のとおりであることが認められる。
(二) ところで、前掲乙第四〇、第四一号証、当審証人清水治二の証言及びこれによつて真正に成立したと認める乙第四三号証によれば、主任以上の役職者に対する賞与(夏期手当、冬期手当及び年度末手当をいう。以下同じ。)については、前記一般職員に対する支給基準を機械的にそのまま適用するのではなく、各人の勤務成績等を勘案して支給額を査定する取扱いが行われてきたことが認められ、この点において役職者に対する賞与の支給額には若干裁量的要素が含まれていることは否定し得ないところである。しかしながら、本件におけるように控訴人が雇用関係の存在それ自体を否認し、被控訴人に支給すべき賞与の具体的数額の査定を行わなかつた場合に、査定がなされていないことを理由として具体的な賞与請求権が未発生であると解するのは相当でなく、信義則上、被控訴人は通常の成績で勤務した場合に支給を受けたであろうと考えられる額の賞与請求権を有するものと解すべきであり、そして、特段の事情の認められない本件では、その額は、役職者以外の一般事務職員に対する支給基準によつて算定すべきものとするのが相当である。
(三) 成立に争いのない乙第一七号証の八及び九、前掲甲第二四号証、当審証人清水治二の証言によると、法人調整手当とは、特別手当とも呼ばれているが、毎年五月一日現在の在籍者について東京都から交付される私立学校教職員待遇改善助成金の交付対象とならなかつた職員に対し、控訴人が、右助成金の配分を受ける職員との権衡を考慮して、控訴人独自の財源により調整金として支給するものであることが認められる。したがつて、法人調整手当が東京都から交付を受けた助成金の配分そのものであることを前提とする控訴人の主張は、採用することができない。また、弁論の全趣旨によれば、法人調整手当の支給基準については、一般事務職員と役職者との間に差異はないものと認められる。
3 以上によれば、昭和四七年四月一日から原審口頭弁論終結日である昭和四九年四月二五日までの賃金額は別表第一の当審認定賃金額欄記載のとおりであつて、その合計額は三四四万七、七七五円となり、また、昭和四九年四月二六日から昭和五三年三月三一日までの賃金額は別表第二の当審認定額欄記載のとおりであつて、その合計額は一、二八一万三、二七四円となる。
四 次に、控訴人主張の消滅時効の抗弁について判断する。
1 記録によると、次の事実が明らかである。
(一) 被控訴人は、原審において、被控訴人が控訴人に対し労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、控訴人に対し、昭和四七年四月一日から原審口頭弁論終結日である昭和四九年四月二五日までの賃金として合計金二七八万一、七六七円の支払を求め、原裁判所は右労働契約上の権利の確認請求を認容するとともに、賃金支払請求のうち金二六七万九、一九七円について請求を認容した。
(二) 被控訴人は、当審において、原審の審理判断を経た昭和四七年四月一日から昭和四九年四月二五日までの賃金の支払を求める請求については請求額を金三五九万一、六七八円に拡張して、控訴人に対し原審認容額以外に金九一万二、四八一円の追加支払を求めたほか、当審における新訴請求として、昭和四九年四月二六日から昭和五三年三月三一日までの賃金合計一、二二五万二、四〇九円の支払を求めるにいたつた。
(三) 従来の請求についての請求の拡張は昭和五二年六月一三日付け請求の趣旨拡張の申立書及び同年七月一三日付け附帯控訴状によつて行われ、新訴請求は、昭和四九年四月二六日から昭和五二年三月三一日までの賃金にかかる部分は右各書類により、昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日までの賃金にかかる部分は昭和五三年五月一五日付け附帯控訴状(請求拡張申立書)によつて行われた。
2 控訴人は、従来の請求につき被控訴人が当審で請求を拡張した部分は、原審で訴訟物とならなかつたものであり、請求拡張時に支払期日から既に二年を経過していた賃金債権については、右拡張部分につき時効が完成している旨主張する。しかし、原審で訴訟物となつた賃金債権は、昭和四七年四月一日から昭和四九年四月二五日までの賃金債権の全部であり、被控訴人は、右賃金債権の数額を原審においては二七八万一、七六七円であると主張してその全額を請求していたところ、当審においてこれを三五九万一、六七八円であると主張して請求を拡張したのにすぎず、右請求拡張部分も右訴訟物である賃金債権の同一性の範囲内にあるものであることは明らかであるから、本訴の提起により前記期間における賃金債権の全部にわたつて時効中断の効力が生じているものというべく、当審における請求拡張部分が独立して時効にかかるものではない。
3 もつとも、当審における訴えの追加的変更にかかる賃金支払請求権は原審における訴訟物には含まれなかつたものであり、昭和四九年四月二六日から昭和五二年三月三一日までの賃金の支払を求める新訴請求を記載した昭和五二年六月一三日付け請求の趣旨拡張の申立書が当裁判所に提出された時には、既に昭和五〇年五月分までの賃金債権は支払期日の到来後二年以上経過していたことが明らかである。しかしながら、本件においては、前記のとおり、控訴人は、解雇を理由に被控訴人との間の雇用関係の存在を争い、被控訴人から控訴人に対して労働契約上の権利の確認請求の訴えが提起されているところ、労働契約上の労働者の権利の中核をなすものは、いうまでもなく賃金請求権であるから、右確認請求の訴えは賃金請求権の行使の一態様とみることができ、その裁判上の請求に準ずるものと認めるのが相当である。したがつて、右のように労働契約上の権利の存在について確認訴訟が係属している場合には、右訴訟係属中に右労働契約上の基本的な権利ないし法律関係から定期的に派生する個々の賃金債権の消滅時効は、履行期が到来してもその進行を開始するものではなく、右確認訴訟の判決の確定をまつてはじめてその進行を開始するものと解すべきであるから、当審で提起された新訴請求にかかる賃金債権については、時効期間が進行する余地はない。
4 よつて、控訴人の消滅時効の抗弁は、いずれも理由がないので、採用することができない。
五 最後に、解雇期間内の被控訴人の中間収入を賃金額から控除すべきであるとの控訴人の主張について判断する。
1 被控訴人が昭和五一年一月以降訴外キヤセイ販売株式会社に勤務し、昭和五一年一月から昭和五二年一二月まで毎月一六万二、〇〇〇円、昭和五三年一月からは毎月一八万二、〇〇〇円の給与収入を得ていることは当事者間に争いがない。控訴人は、被控訴人の昭和五二年一月から同年一二月までの給与収入は、毎月一八万二、〇〇〇円であつた旨主張するけれども、右主張事実を肯認し得る証拠はない。
2 使用者から不当解雇処分を受け、労務の受領を拒否された労働者は、賃金請求権を失うものではないが、右労働者が解雇期間内に第三者のため労務に服し収入を得た場合には、使用者に対する給付を免れた労務と第三者に給付した労務との間にその種類及び態様において重大な差異がないかぎり、労務の給付を免れたことと右別途収入を得たこととの間には相当因果関係があり、右収入は民法五三六条二項但し書にいう債務を免れたことにより得た利益に該当し、使用者に対し償還すべきものと解するのが相当である。けだし、右収入は、第三者との間の別個の労働契約に基づくものであるとはいえ、労働者が使用者に対する勤務に服し、そのため費消すべき労働力を他に転用した結果その対価として取得したものであり、また、解雇期間中に労働者が他に就業することは予想し得ないものではないからである。
3 もつとも、賃金請求権と利益償還請求権とは別個独立の原因に基づいて生ずるものであるから、労働者が利益償還義務を負う場合であつても使用者は賃金の全額について給付義務を免れず、使用者が労働者の償還すべき利益相当額を労働者に支払うべき賃金から控除するのは、実質的に見れば相殺に該当するものといわざるを得ないが、労働基準法二四条一項は、労働者に対する賃金の全額払の原則を掲げており、例外的に、法令に別段の定がある場合にのみ賃金の一部を控除して支払うことができるものとしているので、前述のような償還利益の控除(相殺)が法令上許容されているかどうかについて考察する必要がある。
まず、労働基準法二四条一項にいう法令に別段の定がある場合とは、必ずしも明文の規定が設けられている場合に限られず、当該法令の解釈上賃金の一部控除が許容されていると認められる場合を含むことはいうまでもない。
ところで、同法二六条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならないと規定しているが、ここにいう休業とは個々の労働者の労務の履行不能の場合もこれに含まれるものと考えられるので、同条の規定は、労働者が民法五三六条二項にいう債権者である使用者の責に帰すべき事由によつて就労できなかつた場合、即ち不当解雇の場合にもその適用があるものと解すべきである。そして、労働基準法二六条は民法の原則を排除したものではなく、労働者が債務を免れたことによつて使用者に対し償還すべき利益がある場合には、使用者が賃金全額を一応支払つたうえ右利益の償還を受けるという手続の繁を省き、その決済手段を簡易化するため、右償還すべき利益の額をあらかじめ賃金額から控除し得ることを前提としたうえ、労働者の生活保障の見地から、労働者の有する賃金債権のうち、平均賃金額の六割を超える部分についてのみ右利益控除の対象とすることを許容し、右平均賃金額の六割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることを禁止したもの、と解するのが相当である。
4 したがつて、控訴人が被控訴人に支払うべき解雇期間中の賃金額から右期間内に被控訴人が他に就職して得た収入額を控除することは、全く許されないわけではなく、右賃金額のうち平均賃金額の六割に達するまでの部分については控除対象とすることが禁止されているが、これを超える部分から右収入額を控除することは許されるものと解すべきである。もつとも、労働基準法二六条の果たすべき前述のような利益調整機能と労働者の生活保障機能の権衡上、賃金から控除し得る償還利益は、その利益の発生した期間が賃金の計算の基礎となる期間と時期的に対応するものであることを要し、ある期間の賃金から、それとは時期を異にする期間内に得た利益を控除することは、同条が控除を許容する範囲から逸脱し、許されないものというべきである。
5 以上の見地のもとに、被控訴人が支払を受けるべき賃金額から、同人のキヤセイ販売株式会社から得た収入額が控除(相殺)されることになるが、その前提として、被控訴人の平均賃金を確定する必要がある。
労働基準法一二条は、平均賃金の算定方法を定めているが、同条一項にいう「これを算定すべき事由の発生した日」とは、本件に即して言えば、控除の対象となる個々の賃金の支払期日がこれに当たるものと解する。ところで、同条三項は、使用者の責に帰すべき事由によつて休業した期間の日数及びその期間中の賃金は、同条一項の平均賃金算定の基礎となる期間及び賃金の総額から控除する旨規定し、労働基準法施行規則四条は、右の休業期間が平均賃金を算定すべき事由の発生した日以前三か月以上にわたる場合の平均賃金は都道府県労働基準局長の定めるところによる旨規定している。本件は正にこの場合に該当するわけであるが、所轄労働基準局長がどのような定めをしているかを明らかにする資料がない。そこで本件では、前記三において認定した被控訴人が解雇なかりせば支給を受けたであろう賃金額を基礎とし、算定事由の発生した日の前日から遡る三か月間における被控訴人の右賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をもつて、個々の賃金の支払期日における被控訴人の平均賃金とすることとする。
しかして、その計算の経過及び結果は別表第六の平均賃金計算表に示すとおりであり、毎年支給される夏期手当、冬期手当及び法人調整手当は、労働基準法一二条四項にいう三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金に該当するので、同条一項の賃金の総額に算入しないが、年度末手当は、毎年一月一日から三月三一日までの三か月を計算期間として支給されるものと認められるので、同条一項の賃金の総額に算入すべきものと解する。
6 そこで、被控訴人に支払われるべき昭和五一年一月一日から昭和五三年三月三一日までの賃金(夏期、冬期、年度末各手当を含む)から右期間における前記キヤセイ販売株式会社からの対応する時期における給与収入の控除(相殺)を行つた結果は、別表第七の中間収入の控除に関する計算表記載のとおりであり、右期間における中間収入控除後の賃金額は、別表第二番号27から同表番号60の各認容額欄に掲げるとおりである。
以上の次第であるから、控訴人の抗弁は一部理由がある。
六 結論
1 被控訴人の第一審以来の請求について
本訴請求中、被控訴人が控訴人に対し労働契約上の権利を有することの確認を求める部分と、昭和四七年四月一日から昭和四九年四月二五日までの賃金として別表第一の当審認定賃金額欄記載の賃金合計三四四万七、七七五円(昭和四七年四月分の通勤手当四、一三〇円を含む。)及びそのうち別表第一の当審認定賃金額欄記載の各金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、これを超える金員の支払を求める部分は失当として棄却すべきである。
そうすると、控訴人の本件控訴は理由がないので、民事訴訟法三八四条により本件控訴を棄却し、他方、被控訴人の附帯控訴は、一部理由があるので、原判決中被控訴人の敗訴部分を変更して、原審認容額以外に当審認定賃金額と原審認容額との差額合計金七六万八、五七八円及び別表第一の当審追加認容額欄記載の各金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の被控訴人への追加支払を控訴人に命ずることとし、被控訴人のその余の金員支払請求を棄却することとする。
2 被控訴人の当審における新訴請求について
昭和四九年四月二六日から昭和五三年三月三一日までの賃金として合計一、二二五万二、四〇九円及びそのうち別表第二の請求額欄記載の金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める被控訴人の新訴請求は、別表第二の認容額欄記載の各金額の合計金八七〇万九、九五九円及び右認容額欄記載の各金額に対する同表の遅延損害金起算日欄に掲げる日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。
3 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九五条、九六条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 外山四郎 近藤浩武 鬼頭季郎)
(別表省略)
原審判決の主文、事実及び理由
主文
一 原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、金二、六七九、一九七円及び別表の内金認容額欄記載の各内金に対する遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、すべて被告の負担とする。
五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
〔請求の趣旨〕
一 原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、金二、七八一、七六七円及び別表の内金請求額欄記載の各内金に対する遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
四 第二項について仮執行の宣言
〔請求の趣旨に対する答弁〕
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
〔請求原因〕
一 被告は、東京都台東区に上野学園大学音楽学部、同短期大学家政科、同高等学校全日制の課程(普通課程・音楽課程)、同中学校を、崎玉県草加市に上野学園短期大学音楽科、同草加高等学校全日制の課程(普通課程)をそれぞれ設置する学校法人である。
原告は、昭和四二年四月一日、被告学園に事務職員として雇用され、大学事務員として当時の大学事務局教務課に所属し、昭和四三年一月から経理部勤務となり、昭和四六年一月一日付で実施された事務組織の変更に伴つて財務部主任(課長待遇)及び総務部主任(課長待遇)の併任を命ぜられ、財務、総務両部長の命を受け、それぞれの事務を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつた。
二 被告は、昭和四七年三月三〇日に原告を解雇したことを理由として、同日以降原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを争つている。
三 原告は、本件解雇当時、次のとおり被告から賃金の支払を受けていた。
1 給与 八一、三三〇円
内訳
基本給 五八、二〇〇円
職務給 一五、〇〇〇円
家族手当 四、〇〇〇円
通勤手当 四、一三〇円
右にいう「通勤手当」とは、一か月の通勤定期券代実費のことであるが、これも、労働基準法一一条の賃金に該当する。
なお、給与は、毎月一日から末日までを一か月として計算し、毎月二〇日に支払われる約である。
2 期末手当 三五、五〇二円(その支給日は毎年三月三一日)
3 夏期手当 一二四、七六〇円(その支給日は毎年七月三一日)
4 冬期手当、法人調整手当二二〇、七七四円(その支給日は毎年一二月三一日)
右2ないし4の金額は、昭和四六年実績による。
四 よつて、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認と、本件解雇後の昭和四七年四月分から同年一〇月分までの給与及び同年の夏期手当計六九四、〇七〇円、昭和四七年一一月分から同四九年三月分までの給与計一、三八二、六一〇円、昭和四九年四月一日から同月二五日(本件口頭弁論終結の日)までの分の給与六七、七七五円(日割計算による。)、昭和四八年及び同四九年の期末手当計七一、〇〇四円、昭和四八年の夏期手当一二四、七六〇円、昭和四七年及び同四八年の冬期手当、法人調整手当計四四一、五四八円、以上合計二、七八一、七六七円、並びに、別表の内金請求額欄記載の各内金に対する弁済期経過後の遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔請求原因に対する認否〕
請求原因第一項ないし第三項の事実を認める。ただし、「通勤手当」は、労働契約上の労務提供義務を履行するために必要な費用を使用者が負担したものであるから、民法六二三条の報酬ではなく、労働基準法一一条の賃金にも該当しない。したがつて、仮に本件解雇が無効であるとしても、原告が被告に対し通勤手当を請求する権利はない。
〔抗弁〕
一 本件解雇の意思表示
被告は、昭和四七年三月三〇日、総務部長清水治二を通じて原告に対し、口頭で普通解雇する旨の意思表示をし、かつ、予告手当八一、三三〇円を支払うべく現実にこれを提供した。したがつて、原告と被告との間の労働契約は、右解雇の意思表示により、同日をもつて終了した。
二 解雇の理由たる事実
1 昭和四四年五月一九日、原告は、被告学園の取引銀行である第一銀行向島支店の普通預金口座(口座番号四〇二九一)から用途不明の公金四四、八四〇円を現金で払いもどしを受け、これを当時の経理部出納担当の戸塚淑子に預かつておくよう命じた。戸塚は、原告の命に従つて右金員を金庫に保管していたが、その取扱いに不明朗な感じをいだき、原告に対して早く処理してもらいたいと催促したところ、原告は、「あの金は、あなたと山分けしようじやないか。」と言い、同女に拒絶された。その後も、戸塚からの催促にもかかわらず、原告は、言を左右にしてこれを放置し、昭和四五年春の決算の際は、右金員につき何らかの操作をしたものか、これを帳簿外としてしまつた模様である。昭和四六年一月二〇日に田村邦之助が財務部長として就任した後、戸塚が田村部長に対してその間の事情を訴えたので、同部長は、やむを得ず雑収入として伝票を起こして入金処理をした。
2 昭和四六年六月、総務係として採用した鈴木喜保子を切手管理(出入・残高確認)の仕事につけたが、原告は、同女に対し、日常処理後の整理方法を教えなかつた。そこで、財務部主任補戸塚淑子が終業後残つて切手の整理に思案している鈴木に助言を与えたところ、原告は、後になつてこのことを知るや、新入早々の鈴木に対し、「なぜ、ほかの者に教わるのか。俺は知らんぞ。」と怒鳴りつけた。そのため、鈴木は、総務部長清水治二に対し、「こんないやなところで仕事をしたくない。ほかに移すか、退職か、いずれかにして欲しい。」と申し出た。清水部長は、やむを得ず鈴木を原告と離れた席に移した。
3 同年八月下旬ころの昼の休憩時間中、原告は、事務室内でギターを弾いていたが、午後一二時三〇分の始業時刻を一〇分余り経過し、ほかの職員が仕事についているにもかかわらず、これをやめなかつた。そこで、清水部長がギターを弾くのをやめるよう強く注意したところ、原告は、ようやくこれをやめたものの、注意を受けても平然とした態度で、何ら反省の様子が見られなかつた。
4 同年一一月、音楽教室へ受講にきた小学生の付添いの母親が指導費一、五〇〇円を納入したが、たまたま窓口で受領した財務部員佐藤倫彦は、納入者の名前を忘れ、右金員の処理ができないので、これを原告に預けた。ところが、翌月、指導費を納入にきた小学生受講生の中に前月納入済印のない受講生がいたので、その間の事情を知らない財務部員鈴木正子が、「先月一、五〇〇円を誰が預かつたか。本人は、窓口で納入したと言つているが。」と全員に尋ねたところ、佐藤は、前月一、五〇〇円不明の金があつたが、それを原告に渡した旨を申し出た。すると、原告は、机の中から一、五〇〇円を取り出し、黙つてこれを溝井聡子に渡し、同女がそれを鈴木正子に渡して処理した。
原告は、納入者不明の金であるならば、当然その旨記入して金庫に保管するなど金の所在を明らかにしておく職務上の義務があるのに、一か月にわたつて黙つたままこれを自分で所持したのである。
5 同年秋当時、原告は、主任として自ら銀行からの振込み通知書の処理を行なつていたが、これを遅滞し、昭和四七年三月になつても放置していた。そのころ、主任補戸塚淑子、部員鈴木正子は、卒業時期が近いのに授業料の納入済み・未納の確認ができないと、卒業すべき学生が授業料未納のとき督促もできないので、振込み通知書の処理はどうなつているかと、直接、田村部長にただした。田村部長は、原告の戸棚を探したところ、大量の振込み通知書が未処理のまま発見され、その後、決算事務にまで影響を及ぼした。
6 昭和四七年二月、非常勤講師に対する勤務継続文書発送後、清水部長は、青木講師から、相手の氏名を記入しないで右文書を発送したのは失礼であると通報を受けた。そこで、清水部長は、原告に対し、「氏名を記入せず発送したので、先方から非礼をとがめられた。どうしたのだ。」と言つたところ、原告は、「面倒だから省略した。」と弁明し、同部長から残部の未発送分については氏名を必ず記入するよう指導を受けたが、何ら反省の色がなく、かえつて、「そのようなことを言つてくる教授者は、変人である。」と放言した。
7 同年三月五日(日曜日)、残務処理のため出勤した清水部長は、当日の日直者である企画室主任上條勇次が、被告学園の重要秘密文書を格納してある金属製戸棚を開け、その中から「職員票綴り」(大学の部)一冊を出して閲覧し、教職員の年齢を書き写しているのを目撃した。
この戸棚は、勤務時間中以外は施錠されており、その鍵は、総務部主任である原告がその責任において保管しているものである。そして、戸棚の中の書類(履歴書、職員票、稟議綴り、辞令写し、教員免許状写し)は、一般の書類と異なり、重要秘密文書として扱われ、みだりに総務部の担当者以外の者に見せたり、あるいは貸与することは許されないものであり、他の部署において必要な場合には、必ず総務部長の許可を要するものである。とりわけ、職員票は、教職員の本籍、現住所、年齢、学歴、職歴、家族関係はもとより、身分、給与に至るまで記載されているので、被告は、教職員各自に対しその内容につき秘密を守る義務を有する。
ところで、前述した状態を目撃した清水部長は、直ちに上條に対し、誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うと、上條は、学内の教授者の年齢の調査統計を作りたいので総務統計があるならば資料としてもらいたい旨を原告に申し出たところ、原告から、それはできていないので、必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたと答えた。そこで、清水部長は、その書類をみだりに見ては困ると述べ、直ちにこれを戸棚に格納させた。
数日後、上條は、清水部長の求めにより、当日職員票から書き写した教職員の年齢の資料を分析整理して作図作長したものを一一枚の資料として提出した。その内容は、被告学園の教職員(常勤)全体のものはもとより、教員、事務職員を区別し、あるいは大学、短期大学、高等学校等の所属別にしたりしていた。したがつて、上條は、「職員票綴り」を清水部長が目撃した大学の部にとどまらず、短大の部、草加高校の部、中高の部、事務局の部のすべてにわたつて閲覧し、教職員の年齢を書き写したことが明らかになつた。また、清水部長は、企画室長福島和夫に問いただしたところ、上條の調査は企画室の業務とは全く関係のないことが確認された。
原告は、総務部主任として被告学園の重要秘密文書を格納してある金属製戸棚の鍵を保管し、同部において業務上使用する場合以外は、いかなる場合でも総務部長の許可なしでは鍵を貸与することはもとより、自ら使用しても中の書類を閲覧させてはならないことになつているにもかかわらず、これを熟知しながら、前述したとおり、被告学園の業務とは全く関係がないのに、戸棚の鍵を上條に貸与して自由に使用させたのであり、このことは、著しく職責に反する。
8 同年三月一三日午後三時三〇分ころ、清水部長は、総務部給与担当の松本静江を呼ぶため同女の席に行つたが、同女が不在であつたので、主任である原告に対し、その所在を尋ねた。ところが、原告は、松本の所在はわからないと答え、午後四時三〇分ころになつて、同女は外で食事をしていたと報告した。
原告は、主任として部員の指導監督に従事する職務にあるにもかかわらず、これを怠つたのである。
9 同年三月二三日午前九時の上野学園短期大学音楽科第二次試験発表前、松岡義二(局長待遇)が発表前の合格者番号を点検していたところ、原告は、二回にわたつて合否をのぞき見し、知人から依頼された番号三〇五の受験者の合格を見てとり、正式発表前に合格した旨を知人に通報した。
三 就業規則の適用
第二項掲記の原告の行為は、いずれも就業規則一四条二号の「勤務成績または能率不良で職務に適しないと認めたとき」及び同条四号の「その他やむを得ない事由があるとき」との普通解雇事由に該当する。特に、7の行為は、その中でも最も重大であり、このような行為に及んだ原告は、今後いかなる不測な行為に出るかもしれない。
〔抗弁に対する認否〕
一 抗弁第一項(本件解雇の意思表示)について
被告が昭和四七年三月三〇日に総務部長清水治二を通じて原告に対し口頭で普通解雇する旨の意思表示をしたことを認める。その余の事実を否認する。
二 抗弁第二項(解雇の理由たる事実)について
1 1の事実中、昭和四四年五月一九日ころ、原告が被告主張の普通預金口座から公金四四、八四〇円を現金で払いもどしを受け、これを当時の経理部出納担当の戸塚淑子に預かつておくよう命じたこと、田村部長が雑収入として伝票を起こして入金処理をしたことを認める。その余を否認する。
右金員の扱いの経過は、次のとおりである。
すなわち、被告学園は、中高校生徒会費用から支出されるべき昭和四二年学園祭費用のうち四四、八四〇円の立替払をしていたところ、これを清算しないで同年度の決算を終えてしまつた。その後、原告は、被告学園と中高校生徒会との間の立替金等の調査に当たつて右未清算金を発見し、被告主張の普通預金口座(これは、理事長名義の中高校生徒会用の口座であり、経常外収支の扱いとなつていた。)から四四、八四〇円の払いもどしを受けたが、これが被告学園のいかなる費目から立て替えられたものであるかがわからず、その充当処理をすることができなかつた。そこで、原告は、現金保管担当の戸塚に右金員の保管を依頼するとともに、再三、経理部長小倉国衛に対してその処理方法についての指示を求めたが、同部長から何らの指示もなかつたのである。したがつてこの件は、被告のずさんな決算に起因するものであつて原告には責められるべき点はない。
2 2の事実を否認する。
鈴木喜保子が席を移つたことは事実であるが、その時期は、同女の採用後六か月を経過した昭和四六年一二月二〇日である。また、その理由は、当時、財務部窓口担当の佐藤倫彦が退職し、同じく梅田スエ子も産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつたからであり、鈴木は、その後任として総務部から財務部に異動したのである。
3 3の事実中、同年八月下旬ころの昼の休憩時間中、原告が事務室内でギターを弾いていたこと、清水部長がギターを弾くのをやめるよう注意したところ、原告がこれをやめたことを認める。その余を否認する。
当時、事務局における執務状況は、必ずしも厳格ではなく、始業時刻後一〇分ないし一五分ぐらい雑談などをしてから執務を始めるという状態であつた。しかも、右時期は夏休み中であつたので、事務も比較的ひまであつた。原告は、ギター愛好者数名の中でギターを弾いていたところ、清水部長から「時間がきたよ。」と言われて始業時刻を二、三分経過していることに気がつき、直ちにこれをやめたのである。
4 4の事実を否認する。
同年一一月一三日、原告は、同月一日ないし三日に窓口で指導費を受領した溝井聡子から、受講生より受領した指導費について納入者がわからないという相談を受けた。そこで、原告は、一二月分の指導費納入時にわかるであろうと言つて、溝井から一、五〇〇円を預かり、これを部長室にある金庫に保管すべく田村部長に渡した。翌月、納入者がわかつたので伝票処理が行なわれたのである。
5 5の事実中、同年秋当時、原告が主任として自ら銀行からの振込み通知書の処理を行なつていたことを認める。その余を否認する。
卒業すべき学生の授業料は、昭和四七年一月三一日までに納入された分を同年二月末ころまでに全部処理し、その後に納入された分も、卒業認定のころまでには処理している。
6 6の事実中、昭和四七年二月、非常勤講師に対する勤務継続文書発送後、清水部長が青木講師から相手の氏名を記入しないで右文書を発送したのは失礼であると通報を受けたこと、同部長が原告に対し被告主張のとおり言つたことを認める。その余を否認する。
原告は、「文書を封入した封筒に各講師の氏名が書いてあるので十分にわかると考えて、継続文書そのものに氏名を書くことは省略しました。」と答えたのである。
7 7の事実中、同年三月五日(日曜日)、清水部長が、当日の日直者である企画室主任上條勇次が金属製戸棚を開け、その中から「職員票綴り」を出して閲覧し、教職員の年齢を書き写しているのを目撃したこと、職員票の記載内容が被告主張のとおりであること、清水部長が上條に対し誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うたこと、上條が被告主張のような趣旨のこと(ただし、原告から必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたとの部分を除く。)を答えたこと及び清水部長の求めによつて被告主張のようなものを一一枚の資料として提出したことを認める。その余を争う。
この件の経過は、次のとおりである。
(上條が職員票を閲覧した目的)
上條は、企画室主任として、かねてより被告学園の学生生徒関係の統計を作成するとともに、全国の音楽関係大学の教員分布状態等の統計を作成していた。それらの一環として、被告学園の教職員の年齢別統計を作成することを企画したのである。
(金属製戸棚の管理状況)
右戸棚は、勤務時間中は開放されており、事務職員は、業務上必要な場合には随時戸棚の中から書類を出して使用していた。
(当日の経過)
上條は、午前九時三〇分ころ、戸棚の中から「職員票綴り」を一括して取り出し、これらを机上に重ねて統計の作成を始めた。清水部長は、午前一〇時ころにきて、上條と前記のような問答をしたが、「そういう統計なら必要だ。ただし、職員票の中の給与の部分は見ないよう。」と注意しただけで、同人と隣合わせの机に向かい、時々雑談などをしながらそれぞれの作業を進めた。その間、清水部長は、「文部省(あるいは私立大学関係の財団)にも提出する資料に丁度よいから、統計ができたらコピーを一部欲しい。」と述べた。上條は、午後三時三〇分ないし四時ころ、右統計作業を終了し、「職員票綴り」を戸棚に格納した。清水部長は、午後五時ころに帰つた。
以上のように、清水部長は、当日、上條の統計作業に終始立ち会い、作業終了に至るまでこれを容認していたのである。
(その後の経過)
原告は、本件解雇に至るまで清水部長からこの件について何ら注意、叱責を受けなかつた。
8 8の事実中、同年三月一三日午後三時三〇分ころ、清水部長が総務部給与担当の松本静江を呼ぶため同女の席に行つたが、同女が不在であつたこと、同部長が主任である原告に対しその所在を尋ねたことを認める。その余を否認する。
松本は、昼休みを返上して教職員の給与の振込み作業を行なつたので、当時慣例となつていた午後三時からのお茶の時間を利用して、食事のため被告学園の地下食堂にゆき、午後三時三〇分ころにもどつてきた。その間、原告も右作業を行なつていたので、松本が席をはずした理由を知らなかつた。それで、原告は、清水部長に対し、「小用か何かの用で席をはずしたのでしよう。そのうち、もどつてくるでしよう。」と答えたところ、ほどなく松本がもどつてきたのであり、同部長も、その場に居合せたのである。
9 9の事実を否認する。
三 抗弁第三項(就業規則の適用)について
就業規則一四条二号・四号に被告主張のとおり普通解雇事由が定められていることを認める。その余の事実を争う。
〔再抗弁〕
本件解雇は、労働組合法七条一号の不当労働行為であるから無効である。
一 本件解雇前における下当労働行為
1 昭和三五年、被告学園の中高教員によつて「上野学園教職員労働組合」が結成されたところ、学長石橋益恵は、右組合に加入した鈴木正子に対し、「うちの卒業生なのに、飼い犬に手をかまれた。」と言い、同女が組合から脱退するよう示唆した。また、昭和四〇年ころ、当時の事務局長松岡義二は、右組合の組合員大橋信子に対し、組合から脱退するよう強く勧告し、同女を組合から脱退させた。
2 昭和四五年一二月四日、被告学園の事務職員を中心として「上野学園教職員組合」(以下「四五年組合」という。)が結成されたところ、即日、副学長石橋裕及び松岡事務局長は、事務職員を個別に呼び出し、「組合に加入するのはやめろ。」、「加入すれば草加に飛ばす。」、「加入すれば首にする。」などと言つておどかし、また、「主謀者は誰か。」と執ように追及した。そこで、四五年組合は、右の事実を被告にただしたところ、被告は、書面をもつて、この事実を認めるとともに、今後不当労働行為を行なわないことを誓約した。
3 そのころ、被告は、四五年組合の結成準備に参加した経理部員小林茂に対し、給与明細表等を見せたことを理由として依願退職を強要し、同人を退職させた。
4 昭和四六年一月ころ、被告は、突如、被告学園の中高教員を四五年組合に加入させるべく勧誘していた中高教員八巻英雄に対し、被告学園の中学校から高校へ進学するための入学試験問題を生徒にもらしたと称して依願退職を強要し、同人を同年三月三一日付で退職させた。
二 上野学園教職員協議会の発足と原告に対する不当労働行為
1 被告学園には、教職員によつて構成された「すずめ会」という親睦団体があつたが、昭和四五年ころ、その会員の中から、同会を教育条件の整備及び労働条件の向上に寄与し得るような組織に改組すべきであるという提案がなされた。そして、翌四六年、原告が「すずめ会」の幹事に選任されると、右改組の動きが具体的に進められるようになり、同年一二月、幹事たる原告の下に会則検討委員会が設置され、数次にわたつて会則の検討が行なわれ、昭和四七年二月ころには、一応の改正草案が起草された。また、このような「すずめ会」の動きともからみ合つて、同年三月上旬、被告学園の専任講師六名が同会に加入した。同月二三日、「すずめ会」構成員は、例会を開き、労働組合として「上野学園教職員協議会」を正式に発足させることを確認し、その準備を進めた。その結果、同月二八日には、原告の手によつて会則の草案が完成し、同月三一日、「すずめ会」構成員は、右協議会を正式に発足させ、その旨被告に通告した。原告は、右協議会のいわゆる執行部三役の一員として書記に選任されている。
2 被告は、同年三月上旬ころから「すずめ会」の活発な動きに対して警戒の色を強めていたが、同月一一日ころ、総務部長清水治二は、原告に対し、「三〇歳にもなつていて、二人の子供のことを考えて行動しろ。」と述べた。また、そのころ、専任理事石橋裕は、「すずめ会」の会員である学務部員三沢久美子に対し、原告らを草加高校に異動させたいという意向をもらし、更に、同会に加入した専任講師の一人に対し、入会のこと等を詰問した。
3 被告は、原告を協議会発足の主謀者であるとみなし、前記のような原告の積極的な活動を極端に嫌悪し、原告が労働組合を結成しようとしたことの故をもつて原告を解雇したのである。
〔再抗弁に対する認否〕
一 再抗弁第一項(本件解雇前における不当労働行為)について
1 1の事実中、昭和三五年、被告学園の中高教員によつて「上野学園教職員労働組合」が結成されたことを認める。その余否を認する。
2 2の事実中、昭和四五年一二月四日、被告学園の事務職員を中心として「上野学園教職員組合」が結成されたこと、即日、副学長石橋裕及び松岡事務局長が二、三名の事務職員と個別に話をしたこと、四五年組合が原告主張のような事実を被告にただしたことを認める。その余を否認する。
被告は、四五年組合がいたずらに右のような追及を繰り返すので、右組合が主張するような事実は全くなかつたが、今後とも不当労働行為を行なうようなことはあり得ないという立場を念のため書面をもつて確認したにすぎない。
3 3の事実を否認する。
小林茂は、国家公務員になることを自ら志望して退職したのである。
4 4の事実中、中高教員八巻英雄が被告学園の中高教員を四五年組合に加入させるべく勧誘していたことは知らない。八巻が昭和四六年三月三一日付で退職したことを認める。その余を否認する。
八巻は、被告学園の中学校から高校へ進学するための入学試験問題(国語)を生徒にもらした(このことは、八巻自身も認めている。)ので、本来ならば同人を懲戒解雇すべきところ、被告は、穏便な措置として同人からの依願退職の願書を受理したのである。
二 再抗弁第二項(上野学園教職員協議会の発足と原告に対する不当労働行為)について
1 1の事実中、被告学園に「すずめ会」という親睦団体があつたこと、昭和四七年三月三一日、原告ほか四名が「上野学園教職員協議会」を発足させた旨被告に通告したことを認める。その余は知らない。
2 2の事実中、同月一一日ころ、総務部長清水治二が原告に対し原告主張のようなことを述べたことを認める。これは、執務状況の不良な原告に対する注意にすぎない。その余を否認する。
3 3の事実を否認する。
第三証拠
〔原告〕
一 甲第一ないし第四号証(ただし、同第三号証は写しを提出したもの)、第五号証の一ないし四、第六号証
二 証人上條勇次、同田村邦之助、同永柳昇吾、原告本人
三 乙第九号証、第一三号証、第一八号証の一ないし四の成立は知らない。乙第六号証が被告主張のとおりの写真であること及びその余の乙号各証の成立(ただし、同第三号証、第四号証については原本の存在とその成立)を認める。
〔被告〕
一 乙第一ないし第四号証(ただし、同第三号証、第四号証は写しを提出したもの)、第五号証の一・二、第六号証、第七号証、第八号証の一ないし一一、第九ないし第一五号証、第一六号証の一・二、第一七号証の一ないし一一、第一八号証の一ないし四、第一九号証、第二〇号証の一ないし四、第二一号証、第二二号証
なお、乙第六号証は、清水治二が昭和四七年一二月一〇日に金属製戸棚とその付近の状況を撮影した写真である。
二 証人清水治二、同松岡義二
三 甲第一号証、第二号証、第四号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立(ただし、同第三号証については原本の存在とその成立)を認める。
理由
一 当事者
被告が原告主張のとおりの学校法人であること、原告が昭和四二年四月一日被告学園に事務職員として雇用され、大学事務員として当時の大学事務局教務課に所属し、昭和四三年一月から経理部勤務となり、昭和四六年一月一日付で実施された事務組織の変更に伴つて財務部主任(課長待遇)及び総務部主任(課長待遇)の併任を命ぜられ、財務、総務両部長の命を受け、それぞれの事務を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつたことは、当事者間に争いがない。
二 本件解雇の意思表示
被告が昭和四七年三月三〇日に総務部長清水治二を通じて原告に対し口頭で普通解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一〇号証、証人清水治二の証言によれば、その際、清水部長は、予告手当八一、三三〇円を支払うべくこれを同封した封筒を原告に差し出してその受領を促したことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信しない。
三 解雇の理由たる事実の存否
本件解雇の理由として被告が主張する事実を順次検討する。
1 公金四四、八四〇円の処理について
昭和四四年五月一九日ころ、原告が被告学園の取引銀行である第一銀行向島支店の普通預金口座(口座番号四〇、二九一)から公金四四、八四〇円を現金で払いもどしを受け、これを当時の経理部出納担当の戸塚淑子に預かつておくよう命じたこと、田村部長が雑収入として伝票を起こして入金処理をしたことは、当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第一三号証、成立に争いのない同第一四号証、証人田村邦之助の証言及び原告本人の供述によれば、右金員の扱いの経過として、(一)原告は、昭和四三年一月から経理部庶務関係の仕事を担当していたが、昭和四四年五月一九日ころ、中高校生徒会用の前記普通預金口座に帰属不明の預り金四四、八四〇円があることを発見したこと、(二)この金は、中高校生徒会に所属する各部が昭和四二年度中に使つた費用を被告学園において立替払をしたのに、これを清算しないで同年度の決算を終えてしまつたために残つた未清算金であると考えられたこと、(三)そこで、原告は、戸塚に命じて前記口座から四四、八四〇円の払いもどしを受けさせ、これを金庫に保管させる一方、再三、経理部長小倉国衛に対してその処理方法についての指示を求めたが、同部長から何らの指示もなかつたこと、(四)その後、昭和四六年一月二〇日から財務部長として就任した田村邦之助は、戸塚や原告らから右金員について事情を聞き、結局、同年二月五日、雑収入として伝票を起こして入金処理をしたことが認められる。
なお、証人清水治二の証言によれば、原告は、右金員を早く処理してもらいたいと催促した戸塚に対し、「あの金、二人で山分けしようか。」と言つたことが認められるが、これは、右認定の事実に照らし、単なる冗談にすぎないものと推測される。
前認定によれば、公金四四、八四〇円の処理について原告から指示を求められながら何らの指示も与えなかつた小倉経理部長の事務処理に問題があるとしても、当時一事務員にすぎなかつた原告には、格別責められるべき点はないというべきである。
2 鈴木喜保子に対する暴言等について
証人清水治二の証言によれば、(一)昭和四六年六月、採用後間もない総務部係員鈴木喜保子は、切手管理の仕事がわからず、財務部主任戸塚淑子から助言を受けたこと、(二)原告は、後になつてこのことを知り、鈴木に対し、同女がほかの部の者から仕事を教えられたことを非難し、「俺は、お前なんか知らん。」と放言したこと、(三)鈴木は、これに驚き、直ちに総務部長清水治二に対し、その経過を説明して自分を退職させるか、ほかに移して欲しい旨訴えたこと、(四)清水部長は、鈴木と離れた席に移したことが認められる。
しかし、原告本人の供述によれば、鈴木が席を移つた時期は、同年一二月二〇日ころであり、その理由は、当時、財務部窓口担当の佐藤倫彦が同月一三日付で退職し、同じく梅田スエ子も同月二〇日から産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつたので、田村部長や主任である原告の要請もあつて、鈴木が佐藤らの後任として総務部から財務部に異動したためであることが認められる。証人清水治二の証言のうち、右認定に反する部分は措信しない。
しかし、原告本人の供述によれば、鈴木が席を移つた時期は、同年一二月二〇日ころであり、その理由は、当時、財務部窓口担当の佐藤倫彦が同月一三日付で退職し、同じく梅田スエ子も同月二〇日から産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつたので、田村部長や主任である原告の要請もあつて、鈴木が佐藤らの後任として総務部から財務部に異動したためであることが認められる。証人清水治二の証言のうち、右認定に反する部分は措信しない。
右認定によれば、原告の暴言と鈴木が席を移つたこととの間には関連がない。しかし、それだからといつて、原告の暴言が許されるものでないことはいうまでもなく、鈴木に対する原告の上司としての指導は十分でなかつたといわざるをえない。
3 ギターの件について
昭和四六年八月下旬ころの昼の休憩時間中、原告が事務室内でギターを弾いていたこと、清水部長がギターを弾くのをやめるよう注意したところ、原告がこれをやめたことは、当事者間に争いがない。
証人清水治二の証言によれば、(一)清水部長が右のように原告に対して注意を与えたときは、午後一二時三〇分の始業時刻を既に一〇分ぐらい経過したころで、一部の職員は席に着いて仕事を始めていたこと、(二)原告は、そのとき、二、三名の職員と一緒にいたが、清水部長から注意されても格別あやまらなかつたことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信しない。
なお、原告は、当時、事務局における執務状況が必ずしも厳格ではなかつたなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
4 指導費一、五〇〇円の所持について
証人清水治二は、被告の主張に沿う証言をしているが、次に認定する事実に照らし、措信しない。
すなわち、成立に争いのない、乙第一五号証、証人田村邦之助の証言及び原告本人の供述によれば、(一)昭和四六年一一月六日の土曜日午後、日直勤務の溝井聡子は、窓口で音楽教室の指導費一、五〇〇円を受領したが、その納入者の名前がわからず、同月一三日ころ、原告に事情を話したこと、(二)そこで、原告は、直ちに田村部長に相談し、この金を同部長の金庫に保管したこと、(三)翌月、納入者がわかつたので伝票処理が行なわれたことが認められる。
右認定によれば、原告には責められるべき点は全くない。
5 振込み通知書の処理遅滞について
昭和四六年秋当時、原告が主任として自ら銀行からの振込み通知書の処理を行なつていたことは、当事者間に争いがない。
証人清水治二は、被告の主張に沿う証言をしているが、これは、証人田村邦之助の証言及び原告本人の供述に照らし、措信しない。他に被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
6 非常勤講師に対する勤務継続文書の発送について
昭和四七年二月、非常勤講師に対する勤務継続文書発送後、清水部長が青木講師から相手の氏名を記入しないで右文書を発送したのは失礼であると通報を受けたこと、同部長が原告に対し「氏名を記入せず発送したので、先方から非礼をとがめられた。どうしたのだ。」と言つたことは、当事者間に争いがない。
証人清水治二の証言によれば、原告は、清水部長から右のように言われた際、「名前は、封筒に書いてありますから書きません。一〇〇以上も出すんで。」と答えたことが認められる。
なお、被告は、原告が清水部長に対し「そのようなことを言つてくる教授者は、変人である。」と放言した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
本件のような場合、総務部主任の地位にある原告としては、清水部長から指摘されるまでもなく、相手の氏名を記入して非常勤講師に対する勤務継続文書を発送すべきであることはいうをまたないところであるから、当該発送すべき文書が多かつたとしても、前述したような事務処理は軽率のそしりを免れない。
7 戸棚の鍵を貸与した件について
昭和四七年三月五日(日曜日)、清水部長が、当日の日直者である企画室主任上條勇次が金属製戸棚を開け、その中から「職員票綴り」を出して閲覧し、教職員の年齢を書き写しているのを目撃したこと、職員票の記載内容が被告主張のとおりであること、清水部長が上條に対し誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うたこと、上條が被告主張のような趣旨のこと(ただし、原告から必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたとの部分を除く)。を答えたこと及び清水部長の求めによつて被告主張のようなものを一一枚の資料として提出したことは、当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実、成立に争いのない乙第二号証、第八号証の一ないし一一、第二一号証、被告主張のとおりの写真であることにつき争いのない同第六号証、証人清水治二(後記措信しない部分を除く。)、同上條勇次の各証言及び原告本人の供述によれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、上條勇次は、企画室主任として、経営構造に関する調査企画及び経営の現状分析と合理化に関する調査研究の職務に従事していたが、その業務の一環として、被告学園の教職員の年齢別、勤続年数別、出身学校別の統計を作成することを企画した。当時、企画室は、企画室長福島和夫と上條との二名によつて構成されていたが、福島企画室長は、作曲家兼教授でもあり、業務の遂行を専ら上條の独自の裁量、判断に委ねていた。ところで、上條は、同年三月四日、翌五日(日曜日)の日直勤務の時間を利用して前記のような統計を作成しようと考え、年齢別、勤続年数別、出身学校別の調査をしたものが総務部にあるかどうかを原告に尋ねた。しかし、それがなかつたので、上條は、それならば明日職員票を貸して欲しいと依頼し、原告から、職員票を格納してある金属製戸棚の鍵を原告の机に入れておくからそれを使うようにとの許可を得た。右戸棚には、職員票のほか、履歴書、稟議綴り、辞令写し、教員免許状写し等が格納されており、その鍵は、総務部主任である原告及び管財部長小倉国衛がそれぞれの責任において保管していた。この戸棚は、勤務時間中以外は施錠されていたが、勤務時間中はいつでも開放されており、総務部の担当者が私学共済関係の事務や教職員の氏名、住所の変更などがあつて業務上必要な場合には、随時戸棚の中から書類を出して使用しており、他の部署において必要な場合はほとんどなく、もし必要が生じた場合に必ず総務部長の許可を要する旨を定めた内規や指示もなければ、そのような慣行もなかつた。上條は、三月五日午前九時ころにきて、間もなく原告の机から出した鍵で前記文書を格納してある戸棚を開け、その中から大学の部、短大の部、草加高校の部、中高の部、事務局の部のすべてにわたる「職員票綴り」四、五冊を一括して取り出し、これらを机上に積み重ねて統計の作成を始めたところ、清水部長は、午前一〇時三〇分ころにきて、上條に対し、誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うた。これに対し、上條が前記のような統計を作りたいので原告から許可を受けた旨答えたところ、清水部長は、これらを戸棚に格納させなかつたことはもとより、かえつて、「そういつた統計は、非常に必要である。文部省や私学財団に提出する書類としても使えるから、できたら見せて欲しい。」と言い、ただ、職員票の中の給与に関する部分のみは見ないよう注意しただけで、同人と隣合わせの机に坐り、時々雑談などをしながらそれぞれの作業を進めた。上條は、午後三時三〇分ころ、右統計作業を終了し、「職員票綴り」を戸棚に格納して鍵を原告の机にもどした。清水部長は、午後五時ころに帰つた。数日後、上條は、清水部長の前記求めによつて被告主張のようなものを一一枚の資料(前掲乙第八号証の一ないし一一)として提出した。原告は、本件解雇に至るまで清水部長からこの件について問責されたことはなかつた。
以上のように認めることができ、前掲証人清水治二の証言のうち、右認定に反する部分は措信しない。
右認定によれば、被告の主張のうち、戸棚の中の書類が一般の書類と異なり、重要秘密文書として扱われ、みだりに総務部の担当者以外の者に見せたり、あるいは貸与することは許されないものであるという点は、これを是認し得るとしても、他の部署において必要な場合には必ず総務部長の許可を要するものであるという点は、これを是認し得ない。上條は、企画室の業務の一環として統計を作成するために「職員票綴り」を閲覧したのであり、これを許可して戸棚の鍵を同人に貸与した原告には、格別責められるべき点はない。しかも、清水部長も、当日、上條が「職員票綴り」を閲覧しながら統計作業を行なうことを許し、同人が行なつている統計の作成が必要であることを認める発言をし、後日、同人からでき上がつた統計資料を提出させている。そして、本件解雇に至るまでこの件について原告を問責したこともなかつたのである。被告は、この件を最も重大な解雇理由であると主張するが、事の真相は以上の域を出ていない。
8 部員の指導監督を怠つたことについて
昭和四七年三月一三日午後三時三〇分ころ、清水部長が総務部給与担当の松本静江を呼ぶため同女の席に行つたが、同女が不在であつたこと、同部長が主任である原告に対しその所在を尋ねたことは、当事者間に争いがない。
証人清水治二の証言及び原告本人の供述によれば、(一)松本は、当日、からだの調子が悪く、昼の休憩時間中も食事をしないで仕事をしたので、清水部長が同女の席に行つた際、食事に行つていて不在であつたこと、(二)原告は、清水部長から松本の所在を尋ねられた際、「知りませんね。」と答えたが、午後四時三〇分ころになつて、同女が食事に行つていたことがわかり、その旨報告したことが認められる。
右認定によれば、松本は、無断で勤務時間中一時間ぐらいも席を空けていたのであるから、その間、原告が同女の所在を知らなかつたということは、主任として部員の指導監督に若干足りない面があつたと言われても仕方がない。
9 入学試験合否ののぞき見等について
証人松岡義二の証言によれば、昭和四七年三月二三日午後三時の上野学園短期大学音楽科第二次試験発表前、当日午前九時三〇分ころ、理事長付松岡義二が学務部員永柳昇吾、同三沢久美子と一緒に事務室内で発表前の合格者番号を点検し終つたところ、原告は、二回にわたつて自席を離れ、三沢の机上に置いてあつた合格者番号を記入した書類をのぞき見したことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信できないし、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。しかし、原告が知人から依頼された番号三〇五の受験者の合格を見てとり、正式発表前に合格した旨を知人に通報したという被告の主張については、証人松岡義二は、これに沿う証言をしているけれども、その証言内容は不確かであつて、同証人は、立つている自分から二メートルぐらい離れた席で原告が電話によつて知人に通報したのを目撃したと供述しながら、それを制止もしなかつたし、電話の内容も聞き取れなかつたと供述するなど不自然でもあり、また、番号三〇五の受験者が原告の知人の縁故者であることの立証もないので、たやすく措信できない。他に被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
原告が勤務時間中席を離れて入学試験の合否をのぞき見したことは、その通報の有無にかかわりなくふまじめな態度である。
四 本件解雇の効力
以上によれば、本件解雇の理由として被告が主張する事実のうち、1公金四四、八四〇円の処理、4指導費一、五〇〇円の所持、5振込み通知書の処理遅滞及び7戸棚の鍵を貸与した件については、原告に責められるべき点はないが、2鈴木喜保子に対する暴言等、3ギターの件、6非常勤講師に対する勤務継続文書の発送、8部員の指導監督を怠つたこと及び9入学試験合否ののぞき見等については、それぞれの箇所で認定したとおり原告に責められるべき点がある。しかし、後者の事実も、その一つ一つをとつて見ればもちろんのこと、それらの全部を総合して考察しても、原告を解雇する根拠としては極めて薄弱であつて、この程度のことでは、就業規則一四条二号の「勤務成績または能率不良で職務に適しないと認めたとき」及び同条四号の「その他やむを得ない事由があるとき」との普通解雇事由(就業規則一四条二号・四号に右のとおり普通解雇事由が定められていることは、当事者間に争いがない。)に該当するものとは到底解されない。
したがつて、本件解雇は、就業規則の適用を誤つたもので無効である。
五 労働契約上の権利確認及び賃金請求について
本件解雇は前述したとおり無効であるから、原告は、被告に対し、依然として労働契約上の権利を有する。それなのに、被告は、それを争つているのであるから、原告には、これが確認を求める利益がある。
原告が本件解雇当時次のとおり被告から賃金の支払を受けていたことは、当事者間に争いがない。
1 給与 八一、三三〇円
内訳
基本給 五八、二〇〇円
職務給 一五、〇〇〇円
家族手当 四、〇〇〇円
通勤手当 四、一三〇円
なお、給与は、毎月一日から末日までを一か月として計算し、毎月二〇日に支払われる約である。
2 期末手当 三五、五〇二円(その支給日は毎年三月三一日)
3 夏期手当 一二四、七六〇円(その支給日は毎年七月三一日)
4 冬期手当、法人調整手当 二二〇、七七四円(その支給日は毎年一二月三一日)
右2ないし4の金額は、昭和四六年実績による。
ところで、前記「通勤手当」が一か月の通勤定期券代実費であることは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第九号証によれば、月の一日から末日までの期間の全日数にわたつて通勤しない場合には、その月の通勤手当は支給しないと定められているから、それが賃金であるか否かにかかわらず、弁論の全趣旨から明らかなように、本件解雇後原告において現実に被告学園に通勤していない以上、原告には、被告に対し、通勤手当を請求する権利はない。そうすると、原告は、被告に対し、昭和四七年四月一日から毎月通勤手当額四、一三〇円を除く七七、二〇〇円の給与請求権を有することになる。
また、弁論の全趣旨によれば、仮に本件解雇がなかつたならば、原告は、被告から昭和四八年及び同四九年の期末手当、昭和四七年及び同四八年の夏期手当、同じく冬期手当、法人調整手当として、それぞれ少なくとも前記昭和四六年実績による金額以上の支払を受けられたであろうことが認められる。したがつて、原告は、被告に対し、それぞれの支給日に少なくとも右金額による各手当請求権を有する。
六 結論
よつて、原告の本訴請求中、原告が被告に対し労働契約上の権利を有することの確認請求と、本件解雇後の昭和四七年四月分から同年一〇月分までの通勤手当を除く給与及び同年の夏期手当計六六五、一六〇円、昭和四七年一一月分から同四九年三月分までの通勤手当を除く給与計一、三一二、四〇〇円、昭和四九年四月一日から同月二五日(本件口頭弁論終結の日)までの分の通勤手当を除く給与六四、三二五円(日割計算による。)、昭和四八年及び同四九年の期末手当計七一、〇〇四円、昭和四八年の夏期手当一二四、七六〇円、昭和四七年及び同四八年の冬期手当、法人調整手当計四四一、五四八円、以上合計二、六七九、一九七円、並びに、別表の内金認容額欄記載の各内金に対する弁済期経過後の遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度における金員請求は理由があるので認容し、その余の金員請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(別表省略)